大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ワ)1545号 判決

理由

一、原告主張の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、そこで被告主張の抗弁について判断する。

(一)  《証拠》によれば、昭和三九年三月四日当時訴外日本信託銀行株式会社(以下単に日本信託銀行と略称する)五反田支店には同年二月二五日付で金額一〇〇万円および七五万円の原告名義の二口の通知預金がなされており、かつ右同日原告は右銀行との間で、原告が訴外九州海苔株式会社(以下単に九州海苔(株)と略称する)東京支店の振出・裏書・引受・参加引受または保証にかかる手形債務その他の債務につき右通知預金の元利金額を限度として連帯保証をなすと共に前記通知預金をその担保として差し入れる旨の契約をなし、なお前記債務の履行を怠つた場合は預金の支払期日のいかんに拘わらず、前記銀行において事前の通知なしに預金元利金と前記債務とを差引計算しても原告は異議ない旨承認したこと、しかして同銀行は右約定に従い、同年三月四日本件為替手形債権を自働債権とし、原告名義の右一〇〇万円の通知預金債権を受働債権として両債権を対等額で相殺し(相殺のなされたことは当事者間に争いがない)、翌五日その旨原告に通知したことが認められる。

ところで右原告名義の通知預金債権の権利書に反対の証拠のない限り、名義人たる原告であると認めるべきところ、被告はその実質的権利者は九州海苔(株)であると主張するのでこの点について調べてみる。

(1)  まず《証拠》によれば、昭和三九年二月八日九州海苔(株)訴外株式会社高桑事務所(以下単に高桑事務所と略称する)に対し、主として九州海苔(株)東京支店が銀行で割引した手形の買戻その他同支店が銀行との取引によつて生じた債務の整理事務を委任し、原告は高桑事務所の専務取締役として爾後右整理事務に関与していたことが認められ、《証拠》の結果によれば、昭和三九年二月二五日九州海苔(株)東京支店の日本信託銀行浅草支店における残高八五〇万円の定期預金契約、残高三一八万円の定期積金契約がそれぞれ解約されて払い戻されており、他方同日右同銀行五反田支店において原告名義で前記一〇〇万円と別口の七五万円の通知預金がなされたことが認められる。しかしながら全証拠をもつてしても被告主張のように、五反田支店になされた原告名義の右通知預金が浅草支店で払い戻された九州海苔(株)の定期預金もしくは定期積金の金員をもつてなされたものであると断定するには未だ十分でない。

(2)  また《証拠》によれば前記のとおり九州海苔株がその東京支店の債務整理を高桑事務所に委任するに当り、その整理資金として総額四、〇〇〇万円を送金することを約し、その後昭和三九年二月一六日までは高桑事務所の指示に従い、融通を受けた手形の決済に必要な資金を本店から逐次送金したことが認められる。しかしながらその金額は明らかでないし、いわんや、被告主張のように右送金にかかる金員を原告が勝手に利用して原告名義の前記通知預金として日本信託銀行五反田支店に預け入れたものであることを認めるに足りる証拠はない。

以上のほか日本信託銀行五反田支店における原告名義の通知預金債権の実質的権利者が九州海苔(株)であつたとする被告の主張を首肯するに足りる証拠はない。従つて右債権の権利者は名義どうり原告であると認めざるを得ないから、これと異る前提に立ち、原告が本件手形の正当な所持人でないことを主張する被告の抗弁(一)はその余の点について判断するまでもなく失当であり、採用できない。

(二)  次に被告主張の抗弁(二)について考えてみる。

(1)  《証拠》を綜合すれば、

被告は、昭和三五、六年頃から九州海苔(株)から乾海苔を継続的に購入していたが昭和三七年頃同会社東京支店からの申入れにより同支店と融通手形の交換をするようになりこれは同三九年一月頃まで続けられたこと、右融通手形の交換は、被告が右九州海苔(株)東京支店からその引受にかかる為替手形もしくはその振出にかかる約束手形を受けとるのと交換に、これより満期を数日後に定めた約束手形を被告が振り出して九州海苔(株)東京支店に交付することにより行われていたこと、本件為替手形もその一通であつて被告はこれに対応する融通手形としてその前記主張のような約束手形一通を九州海苔(株)東京支店に宛て振り出したこと(尤も本件為替手形の振出日は昭和三九年一月二〇日と記載されており、右約束手形の振出日たる昭和三八年一二月一六日と相隔ること約一ケ月に及ぶが、《証拠》によれば、本件為替手形が実際に振り出されたのは右約束手形と同一日時頃であつたと認められる)、右約束手形の満期は、九州海苔(株)が先ず本件為替手形を決済し、然る後被告がその振出にかかる右約束手形を決済すべく、本件為替手形より二日後に定められたものであること、しかして本件手形は被告が日本信託銀行五反田支店で割引して裏書譲渡し、右約束手形は九州海苔(株)において訴外福岡銀行で割引して裏書譲渡し右各銀行によりそれぞれ満期に各支払場所に呈示されたところ、いずれも預金不足の理由で支払拒絶がなされたが、約束手形はその後被告によつて決済されたこと、一方原告は、前記のとおり高桑事務所の専務取締役として右九州海苔(株)東京支店の銀行との取引関係の整理事務を行つていたところ、昭和三九年二月ごろ日本信託銀行五反田支店長訴外樫尾繁より九州海苔(株)が同支店において決済しなければならない本件為替手形、その他の債務につき合計一七五万円の担保の提供を求められたので高桑事務所の代表者である訴外高桑誓治とも相談の上、同二五日同支店に前記のとおり金額一〇〇万円と七五万円の二口の通知預金をなし九州海苔(株)の債務につき連帯保証をなすとともに右通知預金債権をその担保として差入れたこと、その後本件為替手形は満期に支払がなされなかつたので前記のとおり日本信託銀行は同年三月四日本件為替約束手形債権と右一〇〇万円の通知預金債権とを相殺し、同月五日その旨原告に通知し翌六日本件為替手形に無担保文句を記載した裏書をなしてこれを原告に交付したことが認められ、以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

(2)  右認定の事実によれば原告は九州海苔(株)が日本信託銀行に対して負担する本件為替手形金債務について連帯保証をなし、自己の出捐を以て右債務を弁済したのであるから当然債権者たる右日本信託銀行に代位したものであり、従つて本件為替手形上の権利は法律上当然に原告に移転したものというべく、同銀行がなした前記裏書は形式的資格を適合せしめたに過ぎないものと解すべきである。しかして原告に移転した右権利の行使は民法五〇一条本文に則り、原告において求償をなし得る範囲内に限られるべきところ九州海苔(株)は本件為替手形の引受人として、被告はその振出人兼第一裏書人として合同して、本件手形債務を負担していたのであり、原告はそのうちの一人たる九州海苔(株)のためにのみ保証をなしたのであるから民法四六四条に準じ、原告は、九州海苔(株)と被告との間における資金関係上の被告の負担部分についてのみ被告に求償権を有するものである。しかして前記の如く本件為替手形は九州海苔(株)東京支店と被告との間で相互に交換した融通手形の片方であるがその決済はもともと九州海苔(株)において行う約定であつたのみならず、これに対応する被告振出の約束手形は既に被告において決済したのであるから、被告にはいずれにせよ本件為替手形の資金関係上何らの負担部分もないものといわねばならない。

してみれば原告が被告に対して本件為替手形上の権利を行使し得る余地は全くないのであつて本訴請求は失当であり、被告の抗弁(二)は理由がある。

よつて原告の本訴請求を棄却する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例